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もう一つの日本文化
約1年海外に住んで、このブログでも素晴らしい日本の文化について書きました。
長い歴史の中で培われた素晴らしい芸術、日本人の職人気質、
技術の細かさ、本物を追求する職人魂。

そういうのは、日本人が持つ素晴らしい面です。
そして、私がこちらに来ていつも思うのは、どんなことでもよい面、悪い面は表裏一体、
よい面と悪い面はどうしてもセットになっていると思うのです。

日本人は几帳面ですが、その分融通が利かないし、
イギリス人は適当だけど、だからこそいろいろな国の人や文化を受け入れる器が大きい、というか。

ということから、日本の素晴らしい文化を愛するのであれば、
その裏にある悲しい歴史のことにも目を向けてみる必要があるかな、と思うことがあります。

そのうちの一つが
”ハンセン病問題”です。

私が初めてハンセン病について知ったのは、数年前熊本で起こった
”『らい予防法』違憲国家賠償請求訴訟”です。
この”らい予防法”が違憲、つまりそれまでの国の政策が間違いだったと認めた裁判です。
ニュースで少し見ただけでしたが、元患者さんの訴えが悲痛でとてもよく覚えていました。
今回調べたら地裁に1998年に訴訟を起こし、そして2001年まで裁判は続いたようです。


そして、最近友達から再び聞いたのが、ハンセン病問題、ハンセンボランティア。
”まだ、やっぱりあるのか”というのと、
”今残っている問題はなんだろう”という疑問がありました。

この先の話はそんなに難しい話ではありません。(少し長い話ですが)
ちょっと悲しい話ですが、日本人としてなるべく多くの人が知っているべきだなと思う話なので、こちらに書こうと思いましたjumee☆biceps1
(もっといろいろな歴史もあるのでしょうが、日本人が日本人に行ったこと、
どの国よりも対策がひどかった、という話を聞いて、とても大事に考えるべきことだと思ったのです)
ハンセン病は、「らい菌」という菌の感染による病気ですが、
感染力は弱いし、今は初期に薬を飲めば完治します。
問題はもっと昔、100年も前からの話にさかのぼりますし、
今苦しんでおられる方々は、病気で苦しんでいるのではありません。
病気は完治していらっしゃる方がほとんどらしいです(ということで、以下の文章中では”元患者”という言葉を使っています)
問題は、政府の対応、社会全体で作られてしまった壁です。

詳細は私の友達のブログの方が詳しいので、
そちらからの抜粋を引用させていただきます。
本文はこちら→http://blog.goo.ne.jp/goupillon/e/af03ca236f8f67cc5a6926f1404506b9
(こちらぐぴろんさんのブログから、ボランティアの会「ゆいの会」へもリンクがあります)
(引用ここから。太字・下線はJ-poohの加筆。)
今何が、ハンセン病元患者にとって問題なのか?
以下はハンセンボランティア「ゆいの会」(岡山県)を立ち上げた
ハンセン病訴訟弁護団の弁護士、近藤剛先生が書いていらっしゃるブログ記事より抜粋。


戦前、ハンセン病は恐ろしい病気だと国民に必要以上に恐怖心を植え付け(本当は風邪菌より弱い菌なのに)泣き顔、集落の中で疑わしき患者を密告させる制度をとり、もし見つかったら「警察」が、国立「療養所」へ「連行」しました。残された家族は、村八分にされました。

一方、家族に辛い思いをさせたくない人はひっそりと自ら療養所への入所を希望する人もいたそうです。
残された家族や親戚のためを思って身内との縁を切るしかありませんでした。

このような非常に厳しい隔離政策を行ったのは世界でも日本だけだそうです。

「療養所」と言う名の「牢獄」「隔離施設」に入れさせられた人は、職員数が不足しているため
自分達で患者同士の面倒を見合い、道路等の開墾作業を強制労働としてさせられました。
このような強制労働の結果、神経障害のある患者が指に傷ができても気づかない、感染症を起こすなどの後遺症がたくさん発生しました。視力を失い、不自由な生活をしている人も少なくありません。


若いときには、脱走予防のために入所者同士の結婚が認められたものの
ハンセン病患者の子供は要らないという優生政策によって、避妊手術や、堕胎、出産後の(職員による)赤ちゃん殺しなどが国の政策として横行しました。
この殺された赤ちゃんや胎児のホルマリン漬け標本がこの夏、テレビのニュースで流れていました。

一方で、「国立療養所」の所長(医師)はものすごい権限を持たされておりました
司法の裁きを受けなくても、入所者に「刑罰」を与えることができたのです。
脱走しそうになった人を、所長は、懲戒検束権により、減食(例えば7日以内の常食量2分の1までの減食)
にすることができました

世界(WHO)で、ハンセン病は外来治療できる、
薬さえ飲めば完治する病気と認定され
隔離政策を行わないよう勧告が出たのにも関わらず日本は戦前に制定した「らい予防法」を頑なに続け
まだ若くて社会復帰できたかもしれない入所者の方々をひたすら閉じ込めておりました。
廃止されたのが、1996年のことです。89年経って、ようやく隔離政策は廃止されました。
*1907年「癩予防に関する件」から1996年まで、89年間、隔離政策が続いたことになります。

しかし、国が社会復帰支援策として打ち出した退所希望者への金銭的支援は、
当初、最大150万円程度(後に250万円に増額)。
しかも、立替払いで領収書を添付したら返金するという形のものでアパートの敷金礼金等、貯蓄のない当人達には到底かなわないことなのです。


そんなひどい、むごい思いをさせられた方々もどんどん高齢化し、亡くなる方が増えています
入所者が減るにつれ職員数が減らされています。目も手も不自由な方々が、高齢化して
普通に介護を必要としていくのに、職員が減る。。
国のせいでこんな思いをさせられたのに、その国が安心できる生活と医療を保障することの
展望をしめさないことに声を上げているのがこの署名活動です。
                                                  (引用ここまで)
      
最後に署名のことがありますが、これも運動のひとつで行っているようです。
「ハンセン病問題基本法」制定への取り組みが行われており、
その新法制定のための署名です。
元患者さんのいる療養所が、より社会に開かれた施設にする必要があり、
安心した生活が送れる、それが保障されるためなのだそうです。

詳しくは上記のぐぴろんさんのブログやゆいの会のブログで詳しく書かれていますし、
J-poohと直接お会いできる方、もし次に会った時にこの話に共感していただけるようでしたら、
声をかけてくださいね。3月中はできるだけ署名用紙を持っているのようにするので。

もちろん”そんなの待てない!自分でやるわ!”という方は、直接署名運動にご協力ください。
用紙のダウンロード、送り先等の詳細が分からない場合はコメントいただければ分かる範囲でお答えします。
みなさんが幸せな人生を送れるよう、応援してあげてください。

それから、こんなことがあったことを知ることはもっと大事ですね。
ウィキペディアなどで詳しく見ると、もっと詳しく歴史について知ることができました。
(とても詳しくて、びっくり
それを読むと、やはりもともと日本にあった「差別」や「偏見」の目が、
もしくは「ハンセン病患者を完全に無くさなければ」という”完壁主義”が、
それから、同質であるいうことを好み、異質なものを受け付けにくいという面が、
徹底的な政策に拍車をかけたのかな、と思うところがあり、
日本人の持つ性質が、時代といい、思想といい、ちょうど運悪く悲惨な状況に追い込むことになってしまったかと思うのです。
それが日本人の性に起因しているのなら、日本人である自分の行動、考え方をもう一度考えてみる機会になるなぁと思いました。
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テーマ:思うこと - ジャンル:学問・文化・芸術

【2008/03/07 19:16】 | ロンドン | トラックバック(0) | コメント(3)
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コメント
すばらしい内容ですー。拍手!!勉強になります。
日本人が異質のものを受け入れにくいというのも、こちら、狭い世界かな、子育てのママさん同士でも・・・。区立の安い保育園では、通う人も格差があって、それをいやだとかんじるママさんもいるのですわ・・・。
私は世の中いろんな人がいるのだから、温室育ちではまずいなと思っております。
いろんな人を受け入れる、いろんな考えを受け入れる器を持つには、やっぱり外に出てみないとわからないのであって、J-POOHさんは日本の外に出ていい体験ができているなあって思いますわ!
【2008/03/08 04:29】 URL | runko #-[ 編集]
J-pooh-san,
共感、共鳴してくれる友達に恵まれ、しあわせです。
みんながそう思える社会になる日が近いことを願って、J-pooh-sanのように、できることから一つずつ取り組みたいと思います。
ご紹介、ありがとう☆
【2008/03/08 22:58】 URL | ぐぴろん #-[ 編集]
>runkoさん
いろいろな方に出会えて、視野が広がって、そういうことが一つ一つありがたいなー、と思います。runkoさんも沢山の人と会う機会があるでしょうから、もっともっといろいろなことを考える機会があるのでしょうね~。ママさんのお話もとても興味深いです。また詳しく聞かせてね。

>ぐぴろんさん
できることから一つずつ、を受け入れてもらえること自体が幸せです。こちらこそありがとうー。
【2008/03/17 00:25】 URL | J-Pooh #-[ 編集]
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3◎才 女。長野県松本市生まれ。
'07年3月末より彼の転勤に便乗してロンドンへ来てしまい・・・・、予想外の人生の転機にあたふたしながら、
新生活を始めたところです。

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